獏の舟
獏の舟
BAKU NO FUNE
-無伴奏チェロの為の舟歌-
-Barcarolle for unaccompanied Cello-
(2022)
2004年「夢祀(ユメノマツリ)」2007年「春巡(ハルメグリ)」に続く、当方三作目の無伴奏チェロ曲。2018年“出雲の春音楽祭”での「連作交響神樂」にて久々に再会・協働した石豊久氏から、無期限で委嘱の打診を受けた。その時ふと憂愁の将・実朝の命で造られ由比ヶ浜に打ち棄てられた浮かばれぬ唐船の影が脳裏に泛かんで消えた。ある時は列島各地の虚舟(うつろぶね)/空穂舟(うつぼぶね)の伝奇伝承を漁って忘れた。いつぞや瀬戸内赤穂・坂越(さこし)の丘上の社で体験した渡来幻想めいた奇妙な既視感が甦って沈んだ。忌々しくもかけがえない2020年を過ぎた2021年正月、大雪に咽ぶ天橋立にて「獏の舟」の名が閃くも仕事の山に埋もれた。2022年5月長らく忙殺されたオペラ「あの町は今日もお祭り」初演後にようやく本格着手、そこからは一転、爆烈な触発の嵐に吹き飛ばされそうになりながら舟縁にしがみついて一気呵成に完成した。
永き夜の 遠の眠りの みな目覚め
浪のり舟の 音の佳きかな
(初夢回文歌)
そうして産まれてきた曲は、最低弦を完全4度下に変則調弦(スコルダトゥーラ)し異風を纏ったチェロにより、単一テンポで螺旋を描き蜿蜿と延びる610小節。絶え間なく笑いながら水平線の彼方へと漕ぎ続けるバルカローレは夢野久作的に最狂。舟の主たる獏は貘とも記し、鼻は象・目は犀・尾は牛・足は虎・体は熊に似ると謂う古来の幻獣。獏(貘)印かかげる宝船に乗っては正月の枕の下に潜り込み、人々の頭と躰にわだかまる凶々しい夢という夢をばくばく喰べて、片っ端から吉へと転じるのだから最強である。
[委嘱]
石 豊久
[演奏記録]
2022年8月7日 京都市 京都ブライトンホテル チャペル(V'c:石豊久)
2023年2月18日 滋賀県大津市 奏美ホール(V'c:石豊久)
2023年4月1日 京都府宮津市 みやづ歴史の館文化ホール(V'c:石豊久)
2023年8月12日 東京都中央区 ヤマハホール (V'c:山澤慧)