牧羊神α
BOKUYÔ-SHIN α
〜上田敏の詩に拠る、無伴奏オーボエの為の田園曲(エクローグ)〜
~Églogue pour Hautbois seul; d’après le poème d’UEDA Bin~
(2012-3)
[ca 8 min]
〈牧羊神αβ〉は、上田敏の創作詩「牧羊神」に基づく一双の新作。
フロラン・シャレール氏の委嘱により2012年秋から2013年春にかけて作曲した。
明治の文豪・上田敏の翻訳詩集「牧羊神」の巻頭に、忘れられた自作長詩「牧羊神」が添えられている。
阜(をか)の上の森陰(もりかげ)に直立(すぐだ)ちて、
牧羊の神パアン笙を吹く。
………
ちよう、りよう、ふりよう、
ひうやりやに、ひやるろ、
あら、よい、ふりよう、るり、
ひよう、ふりよう。
蘆笛の管(くだ)の簧(した)、
震ひ響きていづる音(ね)に、
神も昔をおもふらむ。
………
このような一節に始まる創作詩「牧羊神」は、ギリシャローマの神話世界と日本の神話民話の伝承世界とが、巧妙な語彙操作によって混淆する時空である。そこでは、オーボエの起源である蘆笛の音色までが、まるで雅楽の笙・篳篥・龍笛ででもあるかのような不思議な擬音で表されている。牧羊神の若き日への追憶に始まりながら、遂には“牧羊神の笛の音に生々流転の無常を見出す”というその詩世界は、単なるエキゾティシズムの知的遊戯に留まらぬ、異文化の移植と土着を巡っての美的葛藤に溢れており、今日の文化状況の来歴を辿るための喚起と示唆に満ちている。
* * *
新作「牧羊神αβ」は、そんな上田敏の詩世界に潜む、封じられた彼我の混淆世界を、他ならぬオーボエ、そしてピアノという楽器を通して甦らせよう、とする試みである。αβは、それぞれ独立した作品であると同時に、無数の音象徴によって互いに引用・参照・註釈し合う、連作でもある。
古の神寂びた日本語を駆使してフランス象徴詩を我が風土に移植した文学者・上田敏への讃であると同時に、マラルメの詩に発し南欧の多神教的風土を謳歌したドビュッシーの「“牧神の午後”への前奏曲」に象徴される近代フランス音楽への、現代日本からのオマージュでもある。
牧羊神α:無伴奏オーボエ。詩の前半に登場する、牧羊神パアンの青春の追憶。森の女神シュリンクスへの叶わぬ恋が草の笛を生むその顛末、“蘆笛(あしぶえ)起源譚”としての独奏曲。
[委嘱]
[編成]
Oboe
[演奏記録]
2013年6月11日 京都市 アンスティチュ・フランセ関西
(Ob:フロラン・シャレール)
[献呈]
フロラン・シャレール
(C)HIRANO Ichiro 2013