とこよのはる

TOKOYO NO HARU



〽花が見たくば常世へござれ…
さては龍宮か、鱗宮(イロコノミヤ)か。常世(トコヨ)とは、海境(ウナサカ)越えたその向こう、死せる魂あまた寄り集う別世界。(其処は極楽で御座いますか?)
平らか成る世の終わり、時うち寄する渚にて、水泡(ミナワ)の底に横たわるもうひとつの日本を、偲び・寿ぎ・甦らせる、春のうららの祝祭の樂。

「とこよのはる」は、森の会の委嘱に応え、2018(平成卅)年の歳の瀬から2019(平成卅一)年の歳明けにかけて作曲した。「60周年記念演奏会の最後に、みんなの心がワッと沸くような曲を!」と敬愛する野坂操壽さんから打診を頂き、悦び勇んで取り組んだ。大編成の合奏体が、君臨する指揮者によって束ねられるのではなく、邦楽本来のたゆたう時間に深い奥行/遠近を成しつつ、のびのびと生きる音楽を志した。いざ始めてみると和和(ニギニギ)しいオモテと荒荒(アラアラ)しいウラの二律背反に揉みくちゃにされながらの、愉しくも苦しい産みの営みであった。出来上がってみると(その外貌は著しく異なるが)「龍を踏む者」(2016)「胡絃乱聲(こげんらんじょう)」(2018)に並び、〈変わり序破急〉のしつらへを持つ、巧まざる三部作となった。

曲は、連続する三楽章から成る。

Ⅰ ミナモノマツリ
Ⅱ ミナカノミチユキ
Ⅲ ミナソコノウタヲドリ

丹後國・常世浜ちかくの宇良(ウラ)神社の秘歌をはじめ、太古から近代に亘って吾が列島の都鄙隈々に幾重にも堆積する、斯界への諷喩と他界への憧憬を纏った言霊/音霊が群れ集い、さらなる感応・変容・歪曲を経て、いっけん衒いなき調べの隙からじわじわ滲み、やがては諸時代混淆の奔流となって、ごうごう賑やかに溢れだす。

 

 

[初演]

 

2019年5月3日 東京・東京藝大奏楽堂 森の会第60回定期演奏会

 

 

[献呈]

 

野坂操壽氏と森の会に