胡絃乱聲

二面の復元正倉院(四絃/五絃)琵琶、笙竽、打物と群声コロスに依る



この作品は、二つの復元琵琶を用いた新作を、という国立劇場の委嘱に応えたものである。「最後に思い切り卓袱台をひっくり返すつもりで…」と語るプロデューサー・I 氏のしずかな檄に力を得て、思う存分に取り組んだ。
依頼を聞いて即座に脳裏を過ったのは、かねてより一方ならぬ憧憬を抱いていた、当の正倉院蔵・螺鈿紫檀五絃琵琶上に描かれた、四絃琵琶抱え駱駝に跨がる旅の楽師。その磊落な面影は、古代中国の音楽理論体系の素となる七調を古代印度より齎したという五絃琵琶の名手・亀茲きじ国の蘇祇婆の姿と、いとも不思議に重なった。雅楽をはじめ吾が列島の渡来楽が蘇祇婆の発した廻向(echo)に由ると気づいた時、彼人の御魂を音に依せて今日に召還・礼讃・供養する、もうひとつの祭儀としての作品像が朧げに浮かんで来た。
作曲に先立って、岸辺成雄/林謙三/スティーヴン・ネルソン各氏らの古代音楽を巡る諸説に大いなる示唆と触発を受けつつも、衒学的な復元はもとより己の任に非ずと心得、眼前に横たわる声を失った楽器としての四絃/五絃に、まずは虚心坦懐に向き合った。
そうして到った構想は、本邦に僅かに残る五絃琵琶譜から東大寺盧遮那佛御頭供養にも奏された楽のパラフレーズを定旋律とする、いわば〈変生(ヘンジョウ)・曾宇女以羅久(ソウメイラク)〉。西域に発した琵琶が本邦へと渡来するうち巧まざる錬磨を経て変貌し、天平の荘厳に美化され、平安の退嬰に風化して、遂には土に融け入ったその成行を、笙竽・打物・群声(コロス)と共に往きつ戻りつ辿りながら、高貴なる(いと)の奥に眠った胡乱(うろん)なる(こえ)を呼び覚し、また遥かへと放擲する、半架空の起源/遍歴/蘇生譚。


曲は、序-破-間-急-頂-結、大きく分けて六つの場面から成る。
序は追憶。忘れられた楽器が抱かれ爪弾かれ、再び浮かぶ原初の響き。
破は流転。土埃舞う西域からの旅の記憶を弄るうち、失われた声が滲み出す。
間は秘儀。譜字・調名に由来する奇態な陀羅尼が飛交うなか、召還の作法が行なわれる。
急は荘厳。古の楽人を今ふたたび誉め弔う、礼讃と供養の行列。
頂は乱聲。蒼天の霹靂、群集の顕れにどよめく天地。
結は余韻。さらなる彼方への廻向(echo)。


時の流れを遡るうち、いつしか太古と未来が顛倒し、攀じれ縺れて今此処に結ばれる〈物語〉。過去の一切を見凝めながら後ろ向きに未来へと翔ぶ、“新しい天使”(クレー/ベンヤミン)の眼差しを感じつつ。

 

[初演]

 

2018年6月2日 国立劇場小劇場