交響神樂 間奏曲〈湖(ミヅウミ)〉
SYMPHONIC KAGURA Interlude <MIDZU-UMI>
(2019)
[just 12 min.]
國引(クニビキ)から國譲(クニユズリ)へ…壮大なる神話群(全構想九部作)の真ん中にぽっかりと現れた摩訶不思議な間奏曲〈湖〉。出雲世界の中央に横たわる宍道湖・中海・神西湖、タケミナカタゆかりの遥かな州羽海(すわのうみ)=諏訪湖、そして出雲平野の底に眠る幻の湖が重なり湧いた、いわば響きの水鏡=真澄鏡(ますかがみ)。湖面には四季・二十四氣・七十二候に千変万化する出雲の風景が、歳時記としての祭礼や神話の中の神々の面影をそっと纏まといつつ、しずかにしずかに映り移ろいます。睦月(むつき)・如月(きさらぎ)・弥生(やよい)・卯月(うづき)・皐月(さつき)・水無月(みなづき)・文月(ふみづき)・葉月(はづき)・長月(ながつき)・神在月(かみありづき)・霜月(しもつき)・師走(しわす)...揺るぎなき天体の運行に区切られた一年十二月。鳥・虫・花・波・風・雪・光…万象(ものみな)が明滅するひと巡りを、巫(かんなぎ)めいたソプラノ独唱とオーケストラに託し、一月一分ぴったり十二分間に封印しました。おり襲なった古暦を辿り、ひと月ひと月みえない結界踏み分けて到る…滔々たる持続の中の特異点=出雲固有の神在月に、一体なにが起こるでしょうか?
I:睦月 Mutsuki
II:如月 Kisaragi
III:弥生 Yayoi
IV:卯月 Udzuki
V:皐月 Satsuki
VI:水無月 Minadzuki
VII:文月 Fumidzuki
VIII:葉月 Hadzuki
IX:長月 Nagatsuki
X:神在月 Kamiaridzuki
XI:霜月 Shimotsuki
XII:師走 Shiwasu
以下、曲中無数に散り嵌められた音象徴——森羅万象におとずれる季節候の巡りと〈湖〉の歳時記——のよすがに、作曲時の覚書の一端を記します。
【睦月】初春。吉兆神事の頃。寒(こご)える春風。鶯(うぐいす)の初音。【如月】仲春。やや水温む。虫たちは土を啓き、桜が笑い蝶が舞う。延年願う翁の舞。【弥生】晩春。草木いよいよ萌え出ずる。燕(つばめ)一閃、磯鵯(いそひよどり)あらわる。青柴垣(あおふしがき)神事の頃。【卯月】初夏。御田祭の頃。空に不如帰(ほととぎす)、田に蛙。湖面を渡る〈巫〉の歌。【皐月】仲夏。野に緑あふれ鳥あそぶ。雀(すずめ)も目白(めじろ)も郭公(かっこう)も初めはおずおず、次第に喧(やかま)しく。【水無月】晩夏。真菰(マコモ)神事の頃。暑い風が南から届くと、湖は海への憧れに酔う。鳶(とんび)のおらび、青の子守歌。降りそそぐ蝉時雨(せみしぐれ)がいつしか夏を洗い去る大雨となる。【文月】初秋。盆過ぎて、つくつく法師(ぼうし)やがて蜩(ひぐらし)。〈巫〉の声は高青空にいよいよ澄み渡る。【葉月】仲秋。鈴虫(すずむし)、馬追(うまおい)、鉦叩(かねたたき)、蟋蟀(こおろぎ)、螽斯(きりぎりす)、轡虫(くつわむし)…草葉の楽が明月はやす。狂熱を帯びる〈巫〉の咒。【長月】晩秋。長夜いろどる満天の星。亀太夫(かめだゆう)神事の頃。厳かなる鈴と太鼓は八百万(やおよろず)の神神を呼ぶ。【神在月】初冬。北西の風、御忌(おいみ)荒れ。稲佐の浜の神迎(かみむかえ)。神神つどう神在(かみあり)の日々。人はしずかに、神にぎやかに。八百万のどよめき破る〈巫〉の叫びに、湖底の主がひと震い。遠のくさざめき、神等去出(からさで)、お発ち(オタチ)。【霜月】仲冬。神神去って寂寥深く、ちらちら落ちる雪の欠片(かけら)。虫や獣も冬籠り。諸手船(もろたぶね)神事の頃。【師走】晩冬。雪片は湖面に吸われ、雉(きじ)の嘆きは山に呑まれる。水は凍り土を塞ぐ。遠くたゆたう〈巫〉の声。御神渡りの頃。ものみなしずむ静謐の中、もうひとつの春の兆し。(表記は凡て旧暦に拠る)