二十四氣
NIJÛSHI-KI (THE
24 SOLAR TERMS)
(2019)
[just 60min.]
我が終わり は 我が始まり
In my end is my beginning.
ーT.S.エリオット「四つの四重奏曲」
ーT.S.Eliot: FOUR QUARTETS
この作品は、2019年6月大阪府大東市にて行われた公演『時ノ祀リ2019』の為に書き下ろした新作である。想えば十数年前ヴィヴァルディ《四季》への東からの応答として二十四節気をテーマとする弦楽合奏曲の構想を抱きはじめたが、2011年3月にわかに『時ノ祀リ』計画へと発展した。二十四節気は、古代中国に発し古代日本に導入された暦法で、永の歳月を経て本邦に定着した。ここでは天文上の二十四節を予め与えられた規範としてなぞるのではなく、わが風土が育み纏った相異なる24の氣(エトスあるいはアトモスフィア)として再発見する為の、いわば音による“本朝廿四氣”。曲は、四季二十四氣七十二候に対応する4部24楽章72区分からなる。顕に幽に72の兆しを伴う24楽章はそれぞれ極小の小品であり、6曲毎の春夏秋冬4組曲であり、始まりと終わりがウロボロスのように繋がった単一の音楽でもある。弦楽四重奏とその四人の奏者は、天の秩序Cosmosを司る四方の神であり、同時に、地の渾沌Chaosに藻掻き・耕し・祈る四界の人である。
1°立春 Risshun
東風解凍 harukaze
koori wo toku
黄鶯睍睆 uguisu
naku
魚上氷 uo
kôri wo izuru
2°雨水 Usui
土脉潤起 tsuchi
no shô uruoi okoru
霞始靆 kasumi
hajimete tanabiku
草木萌動 sômoku
mebae izuru
3°啓蟄 Keichitsu
蟄虫啓戸 sugomorimushi
to wo hiraku
桃始笑 momo
hajimete saku
菜虫化蝶 namushi
chô to naru
4°春分 Shunbun
雀始巣 suzume
hajimete sukuu
桜始開 sakura
hajimete hiraku
雷乃発声 kaminari
sunawachi koe wo hassu
5°清明 Seimei
玄鳥至 tsubame
kitaru
鴻雁北 kôgan
kaeru
虹始見 niji
hajimete arawaru
6°穀雨 Koku-u
葭始生 ashi
hajimete shôzu
霜止出苗 shimo
yande nae izuru
牡丹華 botan
hanasaku
7°立夏 Rikka
蛙始鳴 kawazu
hajimete naku
蚯蚓出 mimizu
izuru
竹笋生 takenoko
shôzu
8°小満 Shôman
蚕起食桑 kaiko
okite kuwa wo hamu
紅花栄 benibana
sakau
麦秋至 mugi
no toki itaru
9°芒種 Bôshu
螳螂生 kamakiri
shôzu
腐草為蛍 kusaretaru
kusa hotaru to naru
梅子黄 ume
no mi kibamu
10°夏至 Geshi
乃東枯 natsukarekusa
karuru
菖蒲華 ayame
hanasaku
半夏生 hange
shôzu
11°小暑 Shôsho
温風至 atsukaze
itaru
蓮始開 hasu
hajimete hiraku
鷹乃学習 taka
sunawachi waza wo nasu
12°大暑 Taisho
桐始結花 kiri
hajimete hana wo musubu
土潤溽暑 tsuchi
uruoute mushiatsushi
大雨時行 taiu
tokidoki furu
13°立秋 Risshû
涼風至 suzukaze
itaru
寒蝉鳴 higurashi
naku
蒙霧升降 fukaki
kiri matou
14°処暑 Shosho
綿柎開 wata
no hana shibe hiraku
天地始粛 tenchi
hajimete samushi
禾乃登 kokumono
sunawachi minoru
15°白露 Hakuro
草露白 kusa
no tsuyu shiroshi
鶺鴒鳴 sekirei
naku
玄鳥去 tsubame
saru
16°秋分 Shûbun
雷乃収声 kaminari
sunawachi koe wo osamu
蟄虫坏戸 mushi
kakurete to wo fusagu
水始涸 mizu
hajimete karu
17°寒露 Kanro
鴻雁来 kôgan
kitaru
菊花開 kiku
no hana hiraku
蟋蟀在戸 kirigirisu
to ni ari
18°霜降 Sôkô
霜始降 shimo
hajimete furu
霎時施 kosame
tokidoki furu
楓蔦黄 momiji
tsuta kibamu
19°立冬 Rittô
山茶始開 tsubaki
hajimete hiraku
地始凍 chi
hajimete kooru
金盞香 kinsenka
saku
20°小雪 Shôsetsu
虹蔵不見 niji
kakurete miezu
朔風払葉 kitakaze
konoha wo harau
橘始黄 tachibana
hajimete kibamu
21°大雪 Taisetsu
閉塞成冬 sora
samuku fuyu to naru
熊蟄穴 kuma
ana ni komoru
鱖魚群 sake
no uo muragaru
22°冬至 Tôji
乃東生 natsukarekusa
shôzu
麋角解 sawashika
no tsuno otsuru
雪下出麦 yuki
watarite mugi izuru
23°小寒 Shôkan
芹乃栄 seri
sunawachi sakau
水泉動 shimizu
atataka wo fukumu
雉始雊 kiji
hajimete naku
24°大寒 Taikan
款冬華 fuki
no hana saku
水沢腹堅 sawa
no mizu koori tsumeru
鶏始乳 niwatori
hajimete toya ni tsuku
[演奏記録]
2019年06月01日 大阪府大東市 サーティホール小ホール (SQ: ZAZA quartet)
***
【初演時パンフレット挨拶文】
だいとうのかぜ、こおりをとかせ!———時ノ祀リ事始
本日は『時ノ祀リ 二〇一九 演奏の部』にお運びくださり、ありがとうございます。
『時ノ祀リ』は、作曲家·平野一郎と美術家·前田剛志の対等の協働による、音楽×美術の横断企画です。サーティホールの二つの会場(市民ギャラリー/多目的小ホール)を臨時の祀りの庭=結界に見立て、“しつらへ”と“おこなひ”をキーワードとして展覧の部/演奏の部を開催。“時”そのものをまつる架空の祭祀をひらき、四季·二十四氣·七十二候に彩られたかけがえのない/私たちの風土との交感を、響きあい照らしあう音楽と美術の相乗のなかに、偲び·寿ぎ·甦らせようと志すものです。
思えば共作《時ノ祀リ》の計画はあの2011年春、平野の発案から始まりました。天変地異や大事件が起こる毎に穿たれる「歴」。混沌を刻み分け恙なき循環を祈る「暦」。忘れられてなるものかと「歴」は烈しく襲う獣のように「暦」に噛みついて異変の衝撃を留めようとし、乱されてなるものかと「暦」はしずかに蔓延る植物のように「歴」を歳時記の内へゆくりゆくりと巻きとってゆく。歴と暦。不可逆性と永劫回帰。自然と文明が巧まず綾なすその謎めいた様相を、形象と音響のあわいに結ぶもうひとつの祀りへと昇華できないか…。
その提案に深く感応した美術家·前田剛志が一足先に72の造形作品群《七十二候》を制作、2013年に展覧会《七十二候》を開催。かたや平野は2014年にソプラノ歌手·吉川真澄からの委嘱により無伴奏女声独唱の為の連作《四季の四部作》を順次完成、初の全曲演奏となった協力公演『DUOうたほぎリサイタル春夏秋冬』の佐治敬三賞受賞に貢献しました。その後CD化に際して前田は《四部作》に寄せる《四季の絵》で応え、吉川と共に考古学者·笠井敏光氏を招いての公演『うたひかたらひ春夏秋冬』を開催しメルキュール·デザール年間企画賞第三位選出など、様々な紆余曲折を辿りながら、異領域を越境する創造の連鎖が続いて来ました。
そうして最初の着想より8年余を経たこの度、ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏も成し遂げた実力派のZAZAquartetの凄腕プレイヤー達(佐藤一紀·谷本華子·中田美穂·金子鈴太郎各氏)をお迎えし、大東市立総合文化センターの共催、ワオンレコードの協賛など様々なお力を得て、『時ノ祀リ』はようやく最初の音楽×美術横断企画へと踏み出しました。《四季》×《二十四氣》…5人の素晴らしい奏者が依代となる唯一無二の音楽世界にどっぷりと没入して頂ければ幸いです。そして余韻さめやらぬ終演後には、ぜひ市民ギャラリーにて前田剛志作品による『展覧の部』をご覧ください。
〽野崎参りは屋形船で参ろ…名高い野崎観音を抱く飯森山の麓、かつて美しい流れを誇った寝屋川の畔での《時ノ祀リ》事始めに、太古から豊かな自然と人々の往来が織り成した大東の原風景を想います。そういえば七十二候の最初は「東風解凍(ハルカゼコオリヲトク)」。「大」をつけたら大東風解凍…オオハルカゼコオリヲトク…だいとうのかぜ、こおりをとかせ!と奇妙なオマジナイ唱えつつ、本公演が皆様にとって、美しくも畏ろしい自然と共にあらざるをえぬ私たちの日常を省みる、ささやかなとなる事を願っています。
六月朔日———「令和」改元よりひと月、季は夏、節気は小満、候は麦秋至【むぎのときいたる】
時ノ祀リ二〇一九協働体を代表して
作曲家·平野一郎