双子の鳥

 

 

 

 

双子の鳥

 

FUTAGO NO TORI

 

(Twin-soul Birds)

 

二つのヴァイオリンによる祀りと遊び

 

Rites & Games for 2 Violins

 

2022

 

 

 

二十二の二重奏*22 Duos

 

入場 Intrada

 

遊戯Ⅰ Game I

 

輪唱Ⅰ Round I

 

遊戯Ⅱ Game II

 

輪唱Ⅱ Round II

 

対話Ⅰ Dialog I

 

遊戯Ⅲ Game III

 

輪唱Ⅲ Round III

 

対話Ⅱ Dialog II

 

祭儀Ⅰ Rite I

 

遊戯Ⅳ Game IV

 

輪唱Ⅳ Round IV

 

対話Ⅲ Dialog III

 

祭儀Ⅱ Rite II

 

舞踏Ⅰ Dance I

 

遊戯Ⅴ Game V

 

輪唱Ⅴ Round V

 

対話Ⅳ Dialog IV

 

祭儀Ⅲ Rite III

 

舞踏Ⅱ Dance II

 

賛歌 Hymn

 

退場 Extrada

 

 

 

「双子の鳥」は、リトアニア人女性ヴァイオリニスト=ジドレ・オヴシュカイテと、対を成す日本人男性ヴァイオリニスト=成田達輝のデュオの為に書かれた。委嘱に際しジドレからは(1)リトアニア民族音楽スタルティネス[※1]に関わること(2)男女両性の真に対等平等な在り方を体現する演奏会のコンセプトを踏まえること、というリクエストが示された。

 

リトアニアとヤポネシア[2]ユーラシアの端と端に、一見無縁に思われる独立不羈の二つの世界がある。2008年に音楽祭参加でリトアニアを訪れた私は、表層のカトリック信仰の其処此処に見え隠れする深層のアニミズム的神話世界やそこで識ったスタルティネスの響きに新鮮な驚きを与えられながら奇妙なまでに生々しい共感を覚え、わが列島文化との隠れた血脈が何がしか存するのではないか、という密かな予感を抱いてきた。

 

新作の構想は“人類の進化における「うた」の起源はモノフォニーではなくポリフォニーにある”という驚くべき学説(ジョーゼフ・ジョルダーニア)と、リトアニア民族音楽スタルティネスとアイヌ民族音楽に特有のポリフォニーに見られる不思議な類似[3]に促されて始まった。天国から追放され(或は天獄から脱出し)引き離された二つの魂(アニマ)が鳥となって呼び交し、地を這い彷徨った末に、遥かな蒼空に舞い上がって再び出会う、という虚実皮膜の物語=もうひとつの文化起源譚を措定し、ヴァイオリン・デュオを憑代として、音楽による無尽蔵の寓話を紡ごうと企てた。

 

曲は22の小部分から成る。異なる系列の断片群が遠心的に増殖しつつモザイクのように連鎖するさなか、一にして全であるモノフォニーが徐々に顕現する。二人のヴァイオリニストは回遊式の空間を行きつ戻りつしながら、原初のポリフォニーを奏でつつ、太古と未来を今に結ぶ祀りと遊びを繰り広げる。

 

記|平野一郎

 

 

 

1 Sutartinėssutarti)は、リトアニア北東部の女性歌手によって演奏される伝統的ポリフォニー音楽の一形態である。歌は2音から5音の単純なメロディーを持ち、意味のある主文と非正規の言葉を含むリフレインの2つの部分から構成されている。Sutartinėsの演奏方法は40種類近くに及ぶ。主に、2人の歌手が平行して演奏する方法、3人の歌手が厳密なカノンで、それぞれのメロディーのフレーズをずらして演奏する方法、あるいは2つのグループで、それぞれのペアのリードシンガーが主文を歌い、パートナーがリフレインを歌い、2番目のペアが繰り返す方法などがある。詩の内容は、仕事、暦の上での儀式、結婚式、家族、戦争、歴史、日常生活の瞬間など、様々なテーマを含んでいる。振り付けはシンプルで、動きは控えめで、腕を組んだり足を踏み鳴らしたりしながら円や星の形に歩くような厳かなものが多い。厳粛な行事のほか、祭りやコンサート、社交の場でも演奏される。Sutartinėsは通常、女性によって歌われるが、男性はパンパイプ、ホルン、ロングウッドトランペット、フィップルフルート、撥弦楽器などを使って楽器バージョンを演奏する。

 

2ヤポネシア【Japonesia】とは、第2次世界大戦末期に南島に暮らし敗戦を迎えついに出撃しなかった元特攻隊長の作家・島尾敏雄氏の考案により20世紀中葉に生じた概念。地形・風土を表すものとしては千島から琉球弧に及ぶ広義の日本列島を指すと共に、太古よりこの地に棲んできた人々の民族的・文化的な多元性・多様性への志向と探求を象徴する語ともなっている。21世紀も5分の1を過ぎた昨今、ヤポネシア【Yaponesia】人の起源と成立を解明するべくヤポネシアゲノムの学術研究が本格的に開始されている。

 

3ポリフォニー大国グルジア(ジョージア)人音楽学者ジョーゼフ・ジョルダーニアはその著書『人間はなぜ歌うのか?』の中で以下の様に記している。“学者たちにとってアイヌのポリフォニーはまったくの謎であった。アイヌは他の多くの点でも極めてユニークである。彼らの言語は、いわゆる「孤立言語」であるし、大きな髭を蓄えた身体的特徴も遺伝学者たちの激しい論争を呼んできた。また、彼らの信仰の中心的要素となっている熊祭りは、ヨーロッパのネアンデルタール人の熊信仰と驚くほど類似しているのである。(中略)アイヌのポリフォニーを、彼らの起源探究に組み込むことに興味を持つ人々に対して、私はアイヌの声楽ポリフォニーの伝統は古ヨーロッパ人ないしは台湾先住民の方向を指し示していると言いたい。アイヌのポリフォニーの中心的原則であるカノンは、ヨーロッパ諸国のポリフォニー伝統の一つであるリトアニアの「スタルティネス」との興味深い共通性を示しているのである。”

 

 

[委嘱]

金沢市民芸術村

 

[初演]

2022年11月27日 石川県金沢市 金沢市民芸術村 Vn_Y: ジドレ・オヴシュカイテ Vn_A: 黒川侑