鬼の学校

WONI NO GAKKÔ

[ GOBLIN SCHOOL ]

左手のピアノと弦楽の為の教育的五重奏

Educational Quintet for Lefthand Piano & Strings

2022

α：登校、もしくは始め方 way to school | how to begin

Ⅰ：基礎科目 fundamental subjects

1限）そろえ方 how to align

2限）かぞえ方 how to count

3限）つづり方 how to spell

A：運動（と悪戯）gymnastics (& mischief)

Ⅱ：教養科目 cultural subjects

4限）ふるまい方 how to behave

5限）たしなみ方 how to taste

6限）なりすまし方 how to impersonate

B：給食（と転寝）meal (& snooze)

Ⅲ：実践科目 practical subjects

7限）ぬすみ方 how to steal

8限）ゆすり方 how to threaten

9限）だしぬき方 how to outwit

C：掃除（と喧嘩）clean (& quarrel)

Ⅳ：生存科目 survival subjects

10限）たたかい方 how to resist

11限）にげ方 how to escape

12限）かくれ方 how to disappear

X：放課後の鬼生訓 goblin life lessons after school

ω：下校、もしくは終り方 way to home｜how to end

◉鬼の学校——曲目紹介◉

　舘野泉さんとの鬼シリーズ第二作が「鬼の学校」と決まったのはいつだったかとメールの履歴を遡ると、前作「鬼の生活」完成前の2021年4月28日の発信に辿り着いた。『——来年のことを言うと何かが笑う、なのですが、シリーズ第二弾！とのお話を聞いて早速妄想が溢れております。（中略）「鬼の学校」というのはいかがでしょうか？おどし方、ぬすみ方、あばれ方、うそぶき方、にげ方、かくれ方、たたかい方etc…鬼の先生は、若い生徒たちに、人生（鬼生）に大切な生きのびる知恵を「お前ら忘れるなよ」と音楽で授ける、と言う趣向です。酒呑童子先生とその眷属兼生徒４人が（シューベルト「ます」五重奏の編成で）背の順でずらりと並ぶ、みたいな感じでもあります。勝手ながら、早くもワクワクが止まらなくなっています。——』すると、ほどなく舘野泉さんからお返事が来た。『——「鬼の学校」のアイデアも「ます」と同じ編成であることも含めて素晴らしいと思います。曲自体の長さもたっぷりあって良いかなと考えていますが如何でしょう。「学校」という視点も編成も大変興味があり、変化に富んだ音世界がもたらされると思います。——』

　その後2021年5月に完成した前作「鬼の生活」は紆余曲折あって年末フィンランドにて世界初演。年明け2月には東京初演、そして6月東京文化会館での上演と、オグリをおらぶ琵琶弾き・山鹿良之(やましかよしゆき)さんの至芸を彷彿とさせる凄演に立ち会った。実は「学校」作曲が本格始動したのはその直後の6月中旬。それまでジッと熟成を待っていた。というのも閃きに任せて提案したは良いが、天衣無縫の「生活」の作曲・上演を経る内に——そもそも鬼どもわざわざ学校なんて人間臭いところで一体何を学ぶというのか。人の社会に対する鬼の世界は、醜い文明に対する美しい野蛮。奥山のそのまた奥にあるという彼らの原始共同体で学べないことがあるのだろうか——と重大な疑念が生じたのである。しかし目を瞑ると必ず浮かぶ脳裡の景色、鬼の師弟のやりとりにじっと耳を澄ませているとハッと気づいた。どうやらそれはもはや鬼が鬼らしく生きられなくなった時代。生き鬼の目を抜く賢しい人間と渡り合い、時には人に成り済ましてでも、如何にして彼らの尊厳を保ち命脈を繋ぐか身を以て学ぶためにこそ、止むなく学校が建てられたらしい。実に「鬼の学校」とは近代鬼苦渋の人間対策だった、と。

　而して彼らの学校の教室の黒板横に貼り出された時間割表が見えてくるや否や、想像だにしなかった鬼天烈な音楽が次から次と湧き出して、基礎科目→教養科目→実践科目→生存科目ときめ細やかに体系化され全方位的に展開するカリキュラム＝疲れ知らずの十二時間授業が現れた。それでも到底飽きたらず、登下校、運動、給食、掃除から放課後に至るまで、鬼たちの有り余る貪慾な生命力が溢れ出し、当初の計画とはまるで違った音のドラマの展開と結末があれよあれよと導かれた。もちろん鬼の事だから日の入りに始まって日の出と共に終わるのだろう。前作「鬼の生活」からたぶん数百年は経った昭和か令和か平成か、山々の間をゴンゴン鳴り渡る始業のチャイムに駆け集まった鬼っ子たちへ、すっかり老境に達した酒呑童子先生が授ける理想の“学校教育”（…であると同時に、音楽家・舘野泉氏が舞台の上で後の人におくる渾身の“音楽教育”）。編成はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。小鬼っ子から大鬼っ子まで皆マチマチなのが良い。

　本当に大切な教えは何か。どんなに滅茶苦茶に救い難い時代と社会にあっても、したたかにひたむきに生き延びる鬼の師弟に励まされて、2022年夏の終わりに全霊の喜びの中で書き上げた。ちなみにスコア全曲のべ72頁、演奏時間40分の大作となったのは、作曲家の勝手な無茶振りではなく、何度か尋ねて確認したから間違いない、舘野泉さんたってのご希望通り。凄い人。

◉鬼の学校——参観の手引き◉

α：登校、もしくは始め方 way to school | how to begin

日の入りの刻。遥かな嶺の向こうから轟くのは地鳴りか太鼓か足音か。渦まき散らして近づいてきたのは鬼声歓声あげながら疾風の如く駆けてくる小鬼たち。ひしゃげたチャイムにギリギリ間に合い校門から飛び込んだら大好きな酒呑童子先生にご挨拶。嘘がつけない生徒たち、ニンゲン式の敬礼にはからっきし拒否反応だが、ヲニ流の合言葉には脊髄反射で応えます。

Ⅰ：基礎科目 fundamental subjects

まずは最初に読み書き算盤。これがなくては意地悪な文明社会ではニンゲン扱いしてもらえません。いやそもそも何事もそこそこ揃わないでは始まらない。

1限）そろえ方 how to align

皆それぞれ声を整えて、次に先生の呼びかけに応えて。誰かが出来たらその他がずれる、その他が出来たら誰かがしくじる。でも心配ご無用。あきらめたその弾みでうまくいくこともある。

2限）かぞえ方 how to count

一、二、三、四、ヒ、フ、ミ、ヨ、無花果、人参、山椒に椎茸、唱えて歌って指折って、あの手この手で一から十まで叩き込む。

3限）つづり方 how to spell

イロハニホヘト、チリヌルヲ、ラシドレミファソ、ミ♭レ♭シ♭ラ♭ソ♭、退屈きわまる綴り字も、ぐにゃぐにゃ続けているうちに野放図きわめた落書きの様。

A：運動（と悪戯）gymnastics (& mischief)

休み時間だ！生徒らキャッキャッと大ハシャギ。ヘンテコ行進で校庭に出たら先生の号令一喝、全身をブルンブルン振り回す体操の時間。驚くべき体力で、振り子運動、逆上がりから宙返り、超大技の大車輪まで。

Ⅱ：教養科目 cultural subjects

教室に戻ると一転、気が進まない嫌々苦手の行儀作法。借りて来た猫のようにおとなしくなる小鬼たち。

4限）ふるまい方 how to behave

荘重なサラバンドに乗って、お淑やかにしずしず振る舞いましょう。時折どうにも我慢できない呻き声が上がっても、そんな雑音は聞かなかったことに。

5限）たしなみ方 how to taste

優雅なメヌエットに合わせて、品良くあれこれ嗜みましょう。瀟洒なハミングから牙がはみ出て呑気なヲニの鼻歌に脱線するのはご愛嬌、綺麗なお辞儀で包み込んで、なかったことにすれば良い。

6限）なりすまし方 how to impersonate

婀娜(あだ)なワルツを踊りながら、浮き世の憂さを晴らしましょう。ときおり相手の足を踏み不平不満が挙がっても、クルクル廻っているうちに皆忘れてしまうでしょう。

B：給食（と転寝）meal (& snooze)

苦手教科から解放されてランランランとスキップしながら機嫌よく遊び…たいけどお腹が空いたら元気が出ない。そこでちょうど給食の時間。物凄い速さで配膳し両手を合わせてイタダキマス。わずか十秒で鬼盛りご馳走ぜんぶ平らげたら、再び合掌ゴチソウサマデシ…タ。お腹一杯になるや否や、すぐさまコトンと眠りに落ちる生徒たち。鼾に揺られて見る夢は、昔ながらのヲニの楽園。

Ⅲ：実践科目 practical subjects

刻は真夜中。鬼怪に歪み始めたチャイムを合図に飛び起きたら、次はいよいよニンゲンの法の網の目かい潜る、とっておきの手練手管(てれんてくだ)を習います。

7限）ぬすみ方 how to steal

抜キ足、差シ足、忍ビ足、ヲニのガッコのベンキョーだ！良心の呵責に苛まれぬよう勉強勉強いい聞かせながら、ニンゲンの家・店その他に恐る恐る侵入しましょう。

8限）ゆすり方 how to threaten

万が一出くわしたら、出来るだけ低くドスの効いた怖ろしい声色だして、目の前のニンゲンを震え上がらせましょう。

ヴィオラ・チェロ・ヴァイオリン・コントラバスの順番で、はい一人づつ！

9限）だしぬき方 how to outwit

大ベテランの先生の懼ろしいお手本通り、あらん限りのハッタリ効かせて一斉に、相手の虚を衝き遣り込める秘伝の技を授かります。

C：掃除（と喧嘩）clean (& quarrel)

流石のヲニもここへきて疲れたかブウブウ文句も出てくるが、もう一度気を取り直して日頃お世話になっている有難い教室のお掃除を。慣れた手つきでサッサと拭き始める先生の見様見真似、生徒らもあたり構わず雑巾掛け。床を並んで拭いていると肘が当たり、オイ、ドケ、ヤメロ、アッチイケと小突き合う内あちこちで喧嘩が勃発、覚えたての脅し文句が早速役に立っている。先生の激しい怒号がふと止んで、なにやら呟くその不穏に、いよいよ酒吞童子の本性が仄見え、俄かに息を呑む小鬼たち。

Ⅳ：生存科目 survival subjects

他愛ない喧嘩から剥き出しになったエネルギーをすかさず利用する老先生、小鬼らのゲノムにもしかと刻まれたはずの不撓不屈(ふとうふくつ)・独立不覊(どくりつふき)の叛逆心を、今がチャンスと呼び起こし煽り立てる。

10限）たたかい方 how to resist

まつろわぬ種族の抵抗運動(レジスタンス)、誇り高き兵法・鬼剣舞(おにけんばい)。テホヘテホヘと暴れ倒したその挙句に、激しい胴魔声上げながら、覚えたての方式で心の中に一から十まで数えたら…

11限）にげ方 how to escape

今だ！逃げろ。どんどん走って野越え山越え、追ってくるニンゲンが芥子粒くらいに遠くなったら、峠の上で振り返って、思いっ切りアッカンベエをお見舞いしてやりましょう。

12限）かくれ方 how to disappear

すっかりニンゲンが見えなくなったら大丈夫、襤褸(ぼろ)で作った鬼印の旗振りながら隊伍を組んでヒョコヒョコノシノシ、山の彼方の奥の奥のそのまた奥に、仲間もろとも隠れましょう。モウイイカイ？マアダダヨ！

X：放課後の鬼生訓 goblin life lessons after school

終業のチャイムが響くと、小鬼らはイソイソ仲良くお手手繋いで集団下校。静まりかえった教室に一人ポツンと残った酒呑童子先生、果たして自分の施した教育はホントウに正しかったのだろうか、物狂おしく反芻・煩悶。すると帰ったと見えて実は戻った生徒らが一人また一人、老先生の周りに集まって…

気がつくと白々すっかり明けた朝の大気に、遥か下界のニンゲンの学校で本物のチャイムが響く頃。

ω：下校、もしくは終り方 way to home｜how to end

（社会がどんなに腐っても、世界がどんなに壊れても、生命は踊躍する(エラン・ヴィタール)。やっぱりヲニはヲニらしく。）

記：平野一郎

［委嘱］

舘野泉左手の文庫

［献呈］

舘野泉　と　小鬼たち

TATENO Izumi & Goblin Kids

［上演記録］

2022年11月5日　福島県南相馬市　ゆめはっと大ホール