二重協奏曲〈星巡ノ夜〉

Double-Concerto “HOSHIMEGURI NO YORU (Night on the Galactic Journey)”

〜ピアノ(左手)、ヴァイオリンと小オーケストラの為の〜
~for Piano (Lefthand) , Violin & Small Orchestra~

[ca.33 min.]

 

 二重協奏曲〈星巡ノ夜(ほしめぐりのよる)〉は、ピアニスト・舘野泉氏の委嘱に応え作曲したものである。ヤンネ舘野氏とのデュオの為の「精霊の海(せいれいのうみ)〜小泉八雲(ラフカヂオ・ヘルン)の夢に拠る〜」(2011)、泉氏のソロの為の「微笑ノ樹(ほほえみのき)〜円空ニ倣ヘル十一面〜」(2012)に続く第3弾。海の音楽、山の音楽を経て辿り着いた、星の音楽…舘野泉氏のピアノから零れる雫、ヤンネ舘野氏のヴァイオリンが描く弧に導かれた、巧まざる三部作の完結篇である。舘野泉&ヤンネ舘野両氏に献呈。

“宮澤賢治ノ心象ノ木霊(みやざわけんじのこころのこだま)”と銘打った本作、2011年の初夏から度々イーハトヴを訪れ、北の清冽な気圏の底に修羅の足跡を辿るうち、いつしかすくすく成長し、春を待ち望む2014年3月、ようやく無事に産まれて来た。

 楽曲の構成は次の通り。
 
 第1楽章:天路ノ汽笛(てんろのきてき)
 1st Mv: TrainWhistle on the HeavenlyRoad

   挿楽:春−磐船星(いわぶねぼし)
   Interlude: Spring…Iwabune-Boshi


     カデンツァ α:ジョヴァンニの肖像 [ヴァイオリン独奏]
     Cadenza α: Giovanni's Icon [Vn-Solo]


   挿楽:夏−棚機星(たなばたぼし)
   Interlude: Summer…Tanabata-Boshi

 第2楽章:銀河ノ舟歌(ぎんがのふなうた)

    ∋ カデンツァ β:カムパネルラとの対話 [ピアノ&ヴァイオリン]
 2nd Mv: BoatSong on the SilveryRiver

    ∋ Cadenza β: Dialogue with Campanella [Pf & Vn]


   挿楽:秋−海鳴星(うみなりぼし)
   Interlude: Autumn…Uminari-Boshi


     カデンツァ γ:ブルカニロ博士の告白 [ピアノ独奏]
     Cadenza γ: Dr.Vulcanello's Profession [Pf-Solo]


   挿楽:冬−御統星(みすまるぼし)
   Interlude: Winter…Misumaru-Boshi


 第3楽章:際涯ノ星祭(さいはてのほしまつり)
 3rd Mv: StarFestival in the FarthestLand


 協奏曲の本編は第1・第2・第3楽章。〈銀河鉄道の夜〉を枠物語として〈春と修羅〉や幾多の童話群に由来する音象徴を其処此処に散り嵌めた。その幕間に春夏秋冬に擬した極小の挿楽—天文民俗学者・野尻抱影(のじりほうえい)流の和名を冠した四つの星の間奏曲—を 配置。さらにその間にピアノ、ヴァイオリン各々のカデンツァが挿まれる。中央の第2楽章は入れ子構造、流れる舟歌を中断してピアノ&ヴァイオリンの対話に よるカデンツァが奏される。第1・第2楽章の後に休止がある他は、全て連続して演奏される。打楽器を除くオーケストラは、銀河の此岸と彼岸のように、二群に分かれて相対する。

 

 こと西洋音楽家が宮澤賢治を題材とする時、ついついその表層の西洋趣味に光が集まり、時に土の匂いを欠き地に足着かぬ物足りなさを覚えることも多い。でも ほんとうの賢治の生き様の根は、無用者の疾しさを肚に抱えながら貫いた奥深い風土との直の交わり。その作品は大地から湧き上がる強烈な土俗に鍛えられては じめて煌めいた幻想世界であったに違いない。賢治作品が映し出す心象風景にまこと相応しい音楽を…本作はそんな志の下に作曲したものである。
  音の彼方に耳を澄ますと、天空を渡るチュンセポウセの銀笛が、水泡に揺らめく蠕虫舞手(アンネリダ・タンツェーリン)の律動が、銀河に沈むタイタニックの讃美歌が、高らかなハルレヤの詠唱が、南無妙法蓮花経(ナムサダルマプフンダリカサスートラ)の真言が、黒烟吐いて桔梗いろの空目指すベーリング行XZ号の轟きが、そして東北に今も伝わる地神乱舞の熱狂の祭が、遥かに谺しているかも知れない。

 

[編成]


Solo-Pf(Lefthand)/Solo-Vn
2 Fl [=Picc]/2 Hrn
Vn I (2-4)/Vn II (2-4)/Vn III (2-4)/Vn IV (2-4)
Va I (2-4)/Va II (2-4)
Vc I (2-4)/Vc II (2-4)
Cb I (1-2)/Cb II (1-2)
1 Perc

[委嘱]

 

舘野泉・左手の文庫

 

 

[献呈]

 

舘野泉 & ヤンネ舘野

 

 

[演奏記録]

 

2016年2月14日 東北農民管弦楽団第3回定期演奏会

 Pf:舘野泉 Vn:ヤンネ舘野 Cond:舘野英司

Orch:東北農民管弦楽団

宮城県仙台市 広瀬文化センター大ホール

 

2016年6月18日 舘野泉三つのピアノ協奏曲

 Pf:舘野泉 Vn:ヤンネ舘野 Cond:坂入健司郎

Orch:東京ユヴェントスフィルハーモニー

東京都 第一生命ホール

 

2016年11月23日 宮澤賢治生誕120年記念演奏会

 Pf:舘野泉 Vn:ヤンネ舘野 Cond:齋藤一郎

Orch:京都フィルハーモニー室内管弦楽団

福井県鯖江市 鯖江市文化センター

 

[批評]

 

さて、この日出色の出来映えであったのが、平野一郎「二重協奏曲〈星巡ノ夜〉〜ピアノ(左手)、ヴァイオリンと小オーケストラの為の〜宮澤賢治ノ心象ノ木霊」であろう(賢治ゆかりの東北農民管弦楽団により2月14日に仙台で初演。この日は東京初演)。各地をフィールドワークし、日本の風土・伝承に根ざした 傑出した作風で知られる平野一郎。プログラムにも「ほんとうの賢治の生き様の根は、無用者の疾しさを肚(はら)に抱えながら貫いた奥深い風土との直の交わりにある」とあるとおり、西洋贔屓の視点で語られがちな賢治を一旦棚上げし、土着的なアプローチで掘り下げた傑作。しかしながら、洋の違いを凌駕した、壮大な抒情詩であり叙景詩が実現されている。日本が世界に誇れる作品がまたひとつ誕生したことをまず喜びたい。ピアノの同音連打による律動で楽曲がスタートするや否や、聴き手は茫洋たる大自然のなかへ有無をいわさず放り込まれる。視覚的喚起力、時空の超越、そのスピードにまず幻惑される。不穏な響きの狭間をぬって記憶の襞(ひだ)を絡めとる、泥臭くもノスタルジックなテーマ、楽器を材質感へと、ひいては大地のたわみへと還元してしまうタッピングやピッツィカート、力強い低音楽器の呻吟。全音域を駆け巡る、ニュアンス豊かなピアノの粒立ちは、楽章間の挿楽のタイトルとしてちりばめられた「星」のイメージとリ ンクする。凛冽でありながら、濁流のような力強さを併せ持つ音楽は、なるほど舘野泉の演奏家人生そのままである。思えば、オーケストラとは生々しい共生の体験であり、一体感を増すほどに個々の表情も際立つ。瞬間が濃厚にたちのぼる。これだけコンサートが溢れる現代でも、それは稀有な体験なのだ。(Jazz Tokyo  - 伏谷佳代)

 

 (C)HIRANO Ichiro 2015