八幡縁起
HACHIMAN-ENGI
〜オーケストラによる民俗誌〜
-Ethnography by Orchestra-
(2009)
[ca 25min.]
月は笠着る
八幡種播く
いざ我らは荒田開かむ
平将門・源純友の乱平定直後の天慶8(945)年7月末、
八幡神の一異相・志多羅神(シダラガミ)を載せた数基の神輿が、
無数の民衆によって石清水八幡宮に担ぎ込まれた・・・
これはその時歌われた童謡(ワザウタ)の冒頭である。
* * *
〈八幡縁起(ハチマンエンギ)〉は、
2010年1月の「やわた市民音楽祭」への新作として、
八幡市の委嘱に応えて作曲した。
委嘱の条件は、何らかの意味で“八幡”に由縁のある作品を、とのこと。
それを聞いて即座に私は、
何故か以前より気に懸かっていた“志多羅神入京”の事件を想起し、
まさにその舞台となった場処からの願ってもないお話に因縁めいた心のざわめきを憶えつつ、
演奏者をはじめ作品に接する全ての人が
“八幡”を巡るルーツ探求・ルート追跡の音の旅に赴く・・・
そんな音楽が出来ないか、という朧げな構想を抱いた。
* * *
吾が列島に夥しく祀られる八幡神は、
最も身近で親しみ深い存在であると同時に、
驚くべき多面性を備えた、実に謎めいた神である。
始めは山上に神々しく降臨する“磐神(イワガミ)”、
或いは南方の先住民・隼人(ハヤト)を無残に制圧する“軍神(イクサガミ)”、
時として権力者をも呪い殺す“祟神(タタリガミ)”、
竟には鎮守の杜(もり)に根を下ろし村々の豊饒を約束する“福神(フクノカミ)”。
遥か古に彼方より渡来し、
九州・宇佐にて“八幡”を名乗り、
土着の神と民を呑んでは融通無碍に変身を遂げつつ、
果ては“大菩薩”とも成って、
石清水を起点に列島の至る処へと浸透していったその姿は、
善くも悪くも「日本」と「日本人」そのもの、
であるかも知れない。
* * *
この作品は、謎の神“八幡”の遥かな来歴と足跡を辿る、音による空想民俗誌である。
変貌する八幡神の異相=磐神/軍神/祟神/福神に準えた四楽章が、
“ フィールドノート”としての三つの間奏曲によって結ばれる。
空想と現実の境界を行き来するそれら七つの部分は、
連綿と繰広げられる絵巻のように、
全て切れ目なしに演奏される。
I 降臨 Descent
フィールドノートA FieldNote A
II 行列 Procession
フィールドノートB FieldNote B
III 秘儀 Ritual
フィールドノートC FieldNote C
IV 舞踏 Dance
[委嘱]
京都府八幡市
[編成]
Picc.2/Fl.2/Ob.2/C-A/E♭-Cl/Cl.2/Bs-Cl/Bsn.2/C-Bsn
Hrn.6/Tpt.4/Tbn.3/Bs-Tba
Timp/Perc.4/Xyl[=Gls]
Hrp/Pf
Strings{14/12/10/8/6}
[演奏記録]
2010年1月24日 京都府八幡市 八幡市文化センター大ホール
(Cond:藏野雅彦 Orch:八幡市民オーケストラ)
(C)HIRANO Ichiro 2009